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	<title>コラム | 縁ぱす｜感性を活かし自分を主役にするメディア &#8211; スターシード・エンパスの探求と戦略 &#8211;</title>
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	<description>縁を結び、感性を研ぐ。自分を主役にする人生へのパスポート</description>
	<lastBuildDate>Wed, 07 Jan 2026 07:17:57 +0000</lastBuildDate>
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	<title>コラム | 縁ぱす｜感性を活かし自分を主役にするメディア &#8211; スターシード・エンパスの探求と戦略 &#8211;</title>
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		<title>共同意識・集合意識とスピリチュアルな視点</title>
		<link>https://www.enp.of-u.com/post-7525.html</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[縁ぱすスタッフ 功大（KODAI）]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 09 Apr 2021 06:04:34 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[スピリチュアルな学び]]></category>
		<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[スピリチュアル]]></category>
		<category><![CDATA[集合意識]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://www.enp.of-u.com/wp-content/uploads/blog_210409-300x169.jpg" alt="共同意識・集合意識とスピリチュアルな視点" /></p><p>目次 スピリチュアル的な視点でのリクエスト集合意識とは集合意識との共存集合意識へのアクセス方法、飛び込み方地球に残されている意識本当にその意識なのか最後に スピリチュアル的な視点でのリクエスト 今回、縁ぱすで見かける記事 [&#8230;]</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://www.enp.of-u.com/wp-content/uploads/blog_210409-300x169.jpg" alt="共同意識・集合意識とスピリチュアルな視点" /></p><p>
<p class="wp-block-paragraph"><strong>【縁ぱす】の綴を【ナビゲート】する スタッフの功大（KODAI）です。</strong> <br>いつも、当サイトの言葉綴を大切に読んでくださり、感謝いたします。</p>




  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-2" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-2">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">スピリチュアル的な視点でのリクエスト</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">集合意識とは</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">集合意識との共存</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">集合意識へのアクセス方法、飛び込み方</a></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">地球に残されている意識</a></li><li><a href="#toc6" tabindex="0">本当にその意識なのか</a></li><li><a href="#toc7" tabindex="0">最後に</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc1">スピリチュアル的な視点でのリクエスト</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">今回、縁ぱすで見かける記事に関して<br>「縁ぱす 雄介さんはどうお思いでしょうか？」<br>と</p>



<p class="wp-block-paragraph">ちょっとしたリクエストを頂きましたので<br>縁ぱす 雄介なりの視点でお話をさせていただきたいと思います</p>



<p class="wp-block-paragraph">今回は取り上げるのは「集合意識」についてです。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc2">集合意識とは</span></h2>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow"><p>フランスの社会学者デュルケームによって用いられたことば。<br>一つの社会または集団の成員たちの間に共有された諸信念、諸慣行の総体で、成員個々人の意識とは区別される固有の生命と体系をもったものをさす。<br>共同意識ともよばれる。意識の現象である以上、集合意識は個人の内においてしか実現されないが、<br>各人の個別的な意識とは異なるものであり、いわば「社会の心理的類型」とでもよぶべきものである。<br>デュルケームによれば、それは個々人の意識に対しては外在的で、拘束的に作用することもあり、<br>世代を超えて維持されるといった持続性ももっている。<br>具体的には伝統、慣習、道徳、法律などを通して示されるもので、たとえ個人の意識に内面化されるとしても、<br>その社会的な性格は失われないとされる。<br>なお、社会における分業の進行とともに、集合意識の伝統的、<br>斉一的な拘束力は弱まっていくということもデュルケームの強調した点であった。［宮島　喬］<br>『E・デュルケーム著、田原音和訳『現代社会学大系2　社会分業論』（1971・青木書店）』</p><cite>出典　小学館　日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について</cite></blockquote>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc3">集合意識との共存</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">集合意識は地球で過ごすにあたって学ぶ意識体の一つでもあります。<br>それを上記の説明にあるようにフランスの社会学者デュルケームが提唱したと言われております。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この、集合意識という概念はスピリチュアル思考がある方はすでに知っている概念でもあり<br>多くの方が取り上げる概念の一つでもあるかと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その中で我々人間が地球で過ごしていく上で切っては切れない<br>テーマの一つでもあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">共存をしていく気持ちで暮らしていきましょう。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc4">集合意識へのアクセス方法、飛び込み方</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">多くの方が苦手意識がある集合意識。<br>ただ新しい世界を迎える中で、この集合意識へのアクセス方法や飛び込み方が<br>変わりつつあるようです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それは、各々が気づき始めている真実を信じていくことが大事でもあるからなのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">集合意識へアクセスをする際には<br>とても複雑化しているような印象を受けることもあるが<br>個の意識として集合体へのアクセスを容易なものへと変貌させることもできるのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そもそも、アクセスする、飛び込むなどと言った表現が大袈裟かもしれませんね。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc5">地球に残されている意識</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">これは、地球に生きしものたちが残しているものでもあり<br>意識は日々成長し変化していくのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">集合意識もそうであり、地球全体としてもどのような意識へと切り替わるか、切り替えていくか<br>残されている集合意識の概念そのものを書き換えるかなど<br>多くを試していことでしょう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その中で正解や不正解、ポジティブ、ネガティブと呼ばれるものも存在するが<br>個の視点から感じることであり。</p>



<p class="wp-block-paragraph">個、自体がどのような地球体験をしていくかによって<br>受け取り方が変わってきます。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc6">本当にその意識なのか</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">多くのメディアであったり情報に残された<br>思念であったりするものから事象がネガティブと評価され伝わっているものもあったりする<br>逆もしかりです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">だから、アナタが実際に触れた際には<br>本当にその意識なのか、自身に問いかけてみると良いでしょう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">地球はそこが面白くもあり発見の場所でもあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">常に起きている事象や情報などには<br>自己と照らしてどうか、判断してみると良いでしょう。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc7">最後に</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">概念を多角的に捉える思考をあなた達は持っています。<br>その思考能力を忘れないでください。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今回もお読みいただきましてありがとうございました。<br>アナタに素敵なご縁がありますように。</p>



<p class="wp-block-paragraph"></p>
</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>自己愛と自己価値の向上による、中心性とパワーの回復（向上）</title>
		<link>https://www.enp.of-u.com/post-3220.html</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[沼口 健太（ドリーマK）]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 07 Sep 2020 07:29:12 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[スピリチュアルな学び]]></category>
		<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[スピリチュアル]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://www.enp.of-u.com/wp-content/uploads/dreamk-0907-300x200.jpg" alt="自己愛と自己価値の向上による、中心性とパワーの回復（向上）" /></p><p>目次 ★自分への愛、自己価値が満たされると★外のあらゆる存在※深い愛を実感化するための認識★対象（外界）のスタンスと、自らのスタンスが対極ここで言う「愛」について ★自分への愛、自己価値が満たされると 自分への愛、自己価 [&#8230;]</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://www.enp.of-u.com/wp-content/uploads/dreamk-0907-300x200.jpg" alt="自己愛と自己価値の向上による、中心性とパワーの回復（向上）" /></p><p>

  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-4" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-4">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">★自分への愛、自己価値が満たされると</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">★外のあらゆる存在</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">※深い愛を実感化するための認識</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">★対象（外界）のスタンスと、自らのスタンスが対極</a></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">ここで言う「愛」について</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc1">★自分への愛、自己価値が満たされると</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">自分への愛、自己価値が満たされると<br>自らへの中心性とパワーが戻ってくる<br>自らが「宇宙そのもの感」になる</p>



<p class="wp-block-paragraph">そうすると、自ら（それぞれの方）の世界観により、<br>この世界への愛や、それぞれの存在や現象への尊重が生じ、<br>愛し合うこと（内的に自らと他の存在が一体として繋がっていること、<br>その上でそれぞれが個であることを実感し、<br>さらに、そこでのエネルギーの循環に「愛」を実感でき、<br>それを行っている状態になること）ができるようになる</p>



<p class="wp-block-paragraph">外側に引きずり込まれそうになるのを<br>自らへの中心性を取り戻す<br>自らの中心性が強いほど（自らへの愛と自己価値）<br>外の対象や現象を<br>「そのまま」として<br>その存在そのものの<br>尊さ、素晴らしさを実感し、愛すること、<br>愛を実感することができるようになる（認識や実感の程度が高まる）</p>



<p class="wp-block-paragraph">その上での在り方、創造は<br>質が変わってくると感じる</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc2">★外のあらゆる存在</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">また、外のあらゆる存在、対象が存在してくれているからこそ、<br>自分が存在していることへの実感が高まるほど、<br>外側の対象に対して、感謝や愛が自然と生じる（その程度が高まる）</p>



<p class="wp-block-paragraph">たとえ、対象が自らと対極のスタンスだったり、<br>望ましくないと感じる、存在や対象、事象であっても、<br>一体性の中で、その存在があるからこそ、自らも存在していることを<br>認識し実感すると、より深いレベルでの愛や感謝が生じる</p>



<p class="wp-block-paragraph">また、そうした自らにとって対極の存在や、<br>望ましくないと感じる存在や対象、事象に対して、<br>それらのお陰で、自ら（魂）の内にあるものと、自らの方向性が引き出されたり、<br>発揮することができたり、<br>様々な体験をすることができる、ということを認識し実感することでも、<br>感謝や愛が生じる</p>



<p class="wp-block-paragraph">自分のスタンス、真実は常にそれで素晴らしく、完璧であると同時に、<br>外側のあらゆる事象もまた同様であることへの実感が深まる<br>（存在自体への尊重、存在への愛が生じる（程度が深まる）））</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc3">※深い愛を実感化するための認識</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">（深い愛を実感化するための認識は無数に存在する<br>それぞれにおいて、見出される認識やフィットするものは異なる<br>（認識のレイヤーよりも深くにおいて生じているものを<br>認識のレイヤーにより、見出している、創造している<br>故に、無数であり、無限である））</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc4">★対象（外界）のスタンスと、自らのスタンスが対極</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">対象（外界）のスタンスと、自らのスタンスが対極だとしても、<br>その対象が存在するからこそ成り立っている<br>故に、対象（外界）を「そのまま」に尊重することができる<br>（そうした内的状態で受け止めることができる）</p>



<p class="wp-block-paragraph">その上で、働きかけたり、創造していき、変化を起こしていく<br>（この世界を創造していく）が、<br>それは今言ったように、全てがそのままに素晴らしいという認識のレイヤーよりも<br>表層での変化である<br>深い領域では、常に全てが「そのまま」であり、<br>素晴らしく、完璧で、愛そのものである</p>



<p class="wp-block-paragraph">それは内的には「そのまま」を尊重している、<br>それ自体が素晴らしいと実感している状態での働きかけである<br>（対象や外界に対して、変化を働きかけていても、<br>それはその存在自体を否定したり、<br>条件付けで認めているような内的状態では無くなっていく<br>（その程度が高まっていく））</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc5">ここで言う「愛」について</span></h2>



<div class="wp-block-group is-style-sticky-red is-layout-flow wp-block-group-is-layout-flow">
<p class="wp-block-paragraph">ここで言う「愛」については<br>人情的なものでなく、<br>あるタイプのエネルギーの方向性のものでもない<br>愛がある、ないというレイヤーのそれではなく、<br>また、愛の状態になる、愛になっていく、というレベルのものでもない</p>



<p class="wp-block-paragraph">どの存在も現象も、方向性も、<br>ただ愛でしかなかった、ということに気付くかどうかというものである<br>気付いたからどうだということも無い<br>ただ、それが腑に落ちると、<br>そのレイヤー（深さ）での「愛」を<br>実感化、体感化しやすくなっていく</p>



<p class="wp-block-paragraph">（上に示した「愛」の<br>その全てが素晴らしく、意味意義を持っているが、<br>ここで言うレイヤー（層）での「愛」ではない<br>ここで言う「深いレイヤーでの愛」から派生した、<br>各領域での「愛」である）</p>



<p class="wp-block-paragraph">ただ愛でしかなかったということに気付くことにより<br>目の前のあらゆる存在や事象、自らの存在なども含め<br>深いレイヤーでの「愛」の視点から捉えることができるようになっていき、<br>そして実感していきやすくなる（その程度が高まっていく）</p>



<p class="wp-block-paragraph">常に宇宙（全て）のために、全てが動き続けている（意識化するか否かは別として）<br>その作用そのものが「愛」である</p>



<p class="wp-block-paragraph">（これもあくまで、個として（特定の種類の魂たちの方向性として）<br>の現時点での一つの方向性、領域での真実であり、<br>宇宙はより深く、はるかに果てしない）</p>
</div>
</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>超層化による個としての変化と、それによる集団の変化、新たな可能性</title>
		<link>https://www.enp.of-u.com/dreamk-0525.html</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[沼口 健太（ドリーマK）]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 25 May 2020 04:45:43 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[スピリチュアルな学び]]></category>
		<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[スピリチュアル]]></category>
		<category><![CDATA[集合意識]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://www.enp.of-u.com/wp-content/uploads/dreamk-0525-300x225.jpg" alt="超層化による個としての変化と、それによる集団の変化、新たな可能性" /></p><p>目次 「現象の抽象的な構造認識と、その質感」「質感のレイヤー構造と、超層化」「超層化を活用することによる、各対象の本質の素晴しさを尊重した上での変化の可能化」「超層化による、全体における現象やその展開のゆらぎ自体の引き上 [&#8230;]</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://www.enp.of-u.com/wp-content/uploads/dreamk-0525-300x225.jpg" alt="超層化による個としての変化と、それによる集団の変化、新たな可能性" /></p><p>

  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-6" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-6">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">「現象の抽象的な構造認識と、その質感」</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">「質感のレイヤー構造と、超層化」</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">「超層化を活用することによる、各対象の本質の素晴しさを尊重した上での変化の可能化」</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">「超層化による、全体における現象やその展開のゆらぎ自体の引き上げの可能化」</a></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">「超層化の人を対象とした場合の説明」</a></li><li><a href="#toc6" tabindex="0">「超層化による個としての変化と、それによる集団の変化、新たな可能性」</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc1">「現象の抽象的な構造認識と、その質感」</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">現象はその背後の集合意識や、その集合意識により形成された様々な表層の認識、慣習、文化、システムなどから形成されている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">各対象や現象の構造を抽象化して捉えるとき、それを形成する本質と、それが様々な構成要素（表層の認識、慣習、文化、システムなど）により、現象化（我々が認識できる状態にするということ）されていると捉える。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そして、その本質から形成された現象は、その構成要素との兼ね合いから、エネルギー的な違いを感じられる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その違いは、感知する存在の性質により、どのように関知されるかは様々だが、軽さや重さ、より質が高いかなどを、感知することができたりする。</p>



<p class="wp-block-paragraph">より本質的には、現象における本質は、上記のように認識化、言語化できるものではなく、無分別のものである。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ただ、認識の領域において、便宜的に上記のような認識を見いだすことにより、より深い領域を意図して働きかけることが行いやすくなる。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc2">「質感のレイヤー構造と、超層化」</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">本質から形成された現象の質感は、構成要素を変えることで、より高いものに変化していく。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その質感の違いを段階的に捉え、その各段階を層（レイヤー）として捉える。</p>



<p class="wp-block-paragraph">質感は各レイヤー内での上下やバリエーションがあるように感じられるが、そのレイヤー内では、同様の質感を根底に持つ感覚がある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">例、色で例えると、薄い青、緑がかった青など、いろいろあるが、どれも「青」という感覚、認識は共通しているという感じ</p>



<p class="wp-block-paragraph">そして、レイヤー（層）が変わるというのは、その既存のレイヤーにおける、共通項となっている質感から、別のものに切り替わったと、感覚的に感じられる時である。</p>



<p class="wp-block-paragraph">例、上の色の例で言うと「青」から「緑」への切り替わりを指す</p>



<p class="wp-block-paragraph">この質感の層（レイヤー）を変えること、つまり、既存の現象を別の層（レイヤー）の質感の現象に変化させることを、個人的に「超層化」と呼ぶ。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc3">「超層化を活用することによる、各対象の本質の素晴しさを尊重した上での変化の可能化」</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">この超層化という認識により、既存の現象（対象）を否定的に別の視点での何かで塗り替えるのではなく、その現象（対象）自体や、その現象の本質を認めた上で、より高い質感のものに引き上げることで、既存において望ましくないとされている事象や感覚を変えたり、更なる素晴らしいものへと昇華させる、ということができる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">AとBの対立や矛盾、AをBに合わせたり、逆にBをAに合わせたりすることなく、それらのどちらにくみすることなく、その両方をその本質から捉え、本質が表現化されたものとしての現象を、その質感を高める形にすることで、現場生じている現象（対立など）を変えていくことができる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この超層化という認識により、それぞれの本質の素晴しさ、尊さを大切にしたまま、変化を創造していける。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc4">「超層化による、全体における現象やその展開のゆらぎ自体の引き上げの可能化」</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">超層化は、ある視点において、ネガティブとされるものを、その視点からポジティブなものにするのではなく、そのネガティブとされるものの本質に立ち返り、そこから、より高い質感のものに変える。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これにより、全体に生じている現象とその展開における、山あり谷ありのゆらぎを無くすということではなく（感情や感覚を無くすというアプローチではなく）、そのゆらぎ全体の質感を高めることで、ポジティブな感覚はより一層高め、ネガティブな感覚は気にならなくなるところまで弱めた状態のゆらぎを形成する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">例、美味しさで例えると、ゆらぎの中に、美味しいと不味いがあるのではなく、美味しいとさらに美味しいがある感じ</p>



<p class="wp-block-paragraph">ゆらぎ全体を引き上げることで、水を熱し続と続けると気体に変わるように、「不味い」の臨界点を超え、「美味しい」にしてしまう。<br>そのように、生じる質感を変えるということができる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この超層化は、極めて主観的な感覚で成り立っているものであるが、この主観的な認識を活用することで、質感（エネルギー）の変化を意図して行いやすくなる。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc5">「超層化の人を対象とした場合の説明」</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">超層化を人を対象として言えば、その魂としての本質はそのままに、そこから形成される価値観、表現、在り方の質を、あげるということ、と言える。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これは、規則に対して厳粛で、規則から外れた方法を受け付けられなかったり、そうした規則外の在り方、人に対して、厳しかった人が、いきなり自由人になったり、そうした在り方の方にするということではない。<br>（その人の本質から大きく離れている場合、表面上真逆な振る舞いをする場合もあるが、そうした場合を除く）</p>



<p class="wp-block-paragraph">そうではなく、対象や現象は、尺度によって、様々な切り取り方が可能であり、その尺度により、正誤や善悪などは、如何様にも変化するということ、<br>どの尺度を採用するかは、より深く突き詰めると、自らの感覚や直観、真実を元にしていたり、それを元に採用されている信念を根拠としていること、<br>そして、それは変化していくものであり、絶対的でないということ、</p>



<p class="wp-block-paragraph">などなど、各人において、影響を受ける認識は様々だが、それらが府に落ちることで、本質的な性質はそのままに、状態が変化して、その本質から形成された現象としての行動、表現、在り方などが変化する、という形である。</p>



<p class="wp-block-paragraph">また、自らの存在が無条件で認められている等といった感覚や体感を感じる体験をすることによっても、その人の本質はそのままに、そこから生じる現象が変化する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それにより、自らと異なる相手や対象に対して、自らを守ろうとして生じる、批判や否定といった反応がやわらいだり、無くなったり、内面の中で、選択しなくなったりする。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そうした変化を内在した上で、その存在としての本質の一要素としての、規則を重んじる性質（より本質的には、ある尺度を採用し、それによる判断を元に行動を決定する性質など）はそのままに、規則外の在り方や考え方を理解し認められるようになったり、より柔軟な考え方ができるようになったりして、その人の表現、行動、反応、在り方が変化する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それらの変化に伴い、その在り方から感じられるものの質感が軽くなったように感じられたりする。</p>



<p class="wp-block-paragraph">また、その質感の変化により、反発しあっていたタイプの人や集団を、理解したり、認めたりすることができるようになったりして、対立し合っていたようなものが、協力し合えるようになったりする。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc6">「超層化による個としての変化と、それによる集団の変化、新たな可能性」</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">そうした個としての変化は、個だけに留まらず、集団としても、今まで生じていた集団での現象の変化にも繋がり、集団において今までに無かったような、新しい質感の現象が生じるようになったりする。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これは、人類の既存において問題として生じている、対立や争いなどの現象が根本的に無くなるというようなものだけでなく、新しい人同士の関わり方による新しい現象が生じ得るということも示している。</p>
</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>集合意識という視点から捉えた、ネガティブな表現の意味と尊さ</title>
		<link>https://www.enp.of-u.com/dreamk-0520.html</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[沼口 健太（ドリーマK）]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 20 May 2020 06:40:35 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[スピリチュアルな学び]]></category>
		<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[スピリチュアル]]></category>
		<category><![CDATA[集合意識]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://www.enp.of-u.com/wp-content/uploads/dreamk-0520-300x200.jpg" alt="集合意識という視点から捉えた、ネガティブな表現の意味と尊さ" /></p><p>目次 □集合意識とは□対象や現象の、存在そのものの尊さ、無条件での尊さ□対象や現象の、目的や変化視点からの意味、尊さ□大きな視点からの、ネガティブとされるものの意味の見いだしと、その尊さ□ネガティブな表現の意味と、それへ [&#8230;]</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://www.enp.of-u.com/wp-content/uploads/dreamk-0520-300x200.jpg" alt="集合意識という視点から捉えた、ネガティブな表現の意味と尊さ" /></p><p>

  <div id="toc" class="toc tnt-number toc-center tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-8" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-8">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">□集合意識とは</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">□対象や現象の、存在そのものの尊さ、無条件での尊さ</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">□対象や現象の、目的や変化視点からの意味、尊さ</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">□大きな視点からの、ネガティブとされるものの意味の見いだしと、その尊さ</a></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">□ネガティブな表現の意味と、それへの敬意を示した上での対応</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc1">□集合意識とは</span></h2>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<p class="wp-block-paragraph">フランスの社会学者デュルケームによって用いられたことば。<br>一つの社会または集団の成員たちの間に共有された諸信念、諸慣行の総体で、成員個々人の意識とは区別される固有の生命と体系をもったものをさす。<br>共同意識ともよばれる。意識の現象である以上、集合意識は個人の内においてしか実現されないが、<br>各人の個別的な意識とは異なるものであり、いわば「社会の心理的類型」とでもよぶべきものである。<br>デュルケームによれば、それは個々人の意識に対しては外在的で、拘束的に作用することもあり、<br>世代を超えて維持されるといった持続性ももっている。<br>具体的には伝統、慣習、道徳、法律などを通して示されるもので、たとえ個人の意識に内面化されるとしても、<br>その社会的な性格は失われないとされる。<br>なお、社会における分業の進行とともに、集合意識の伝統的、<br>斉一的な拘束力は弱まっていくということもデュルケームの強調した点であった。［宮島　喬］<br>『E・デュルケーム著、田原音和訳『現代社会学大系2　社会分業論』（1971・青木書店）』</p>
<cite>出典　小学館　日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について</cite></blockquote>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc2">□対象や現象の、存在そのものの尊さ、無条件での尊さ</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">個々の繋がりにより全体が形成されている。そして、「全て」が先立ち、その上で、個々が無限に見出だされ得る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">本来個々として分かたれるものはなく、全てが一体であり、そこに善悪やポジティブ、ネガティブというくくりもない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">二元的なくくりもまた、個として、魂として、この世界を体験し、それぞれが変化していく（進化していく）においては、とても尊いものである。</p>



<p class="wp-block-paragraph">しかし、より深い領域においては二元的な判断はなく、上下的な認識すらもフラットである。</p>



<p class="wp-block-paragraph">全てがその個々として認識され得る位置において、存在すること自体が平等に尊い。</p>



<p class="wp-block-paragraph">故に、われわれの存在する、この現象世界において、さらに表層の領域たる人類や各々の社会において生じている二元的な価値観の中の、悪、誤、望ましくないとされるものなど、それら自体がそれら自体として条件なく尊いし、全体を成り立たせている意義や意味あるものである。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc3">□対象や現象の、目的や変化視点からの意味、尊さ</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">また、それを踏まえた上で、個として、集団として、人類として、地球として、宇宙として、魂として、それぞれに望む方向性を見いだすことができる。（現象として自然に生じ得る）</p>



<p class="wp-block-paragraph">そして、そこに向かっていく変化は、宇宙の自然な変化の一部でもある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その変化（進化）に付随する認識、価値観、在り方もまた、「全て」に内包される一部であり、尊い。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc4">□大きな視点からの、ネガティブとされるものの意味の見いだしと、その尊さ</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">全てがポジティブもネガティブも、それぞれ自体として平等に尊い。<br>そして、全てに内包される一部として、望む方向性への変化もまた尊い。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それらを踏まえた上で、社会や人類において、一般的にネガティブとされるものを捉えるとき、その意味や意義など関係なく、その存在自体として尊いということができるし、さらに、宇宙の変化（進化）、人類、社会、集団の変化（進化）の中での作用から、その意味を見いだすことができ、そこからの存在の尊さを見いだすことができる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その全体の変化の中での作用や意味は、個々人が感じる関係性の中から見いだすことができ、それはある意味で無限でもある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その作用、意味の見いだしは個々人において開かれている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それを踏まえた上で、ネガティブとされるものの作用、及び意味の一部を示そうと思う。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc5">□ネガティブな表現の意味と、それへの敬意を示した上での対応</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">一般的にネガティブな在り方や表現は、忌み嫌われやすい。</p>



<p class="wp-block-paragraph">しかしそれは、全体の集合意識の現れであり、集合意識の状態を示してくれている、と捉えることもできる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">故に、全体がより望ましい方向性にいくための判断材料としての作用や役割をもち、とても尊いものであると捉えられる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">また、集団や属性の無意識領域において、抑圧されていたり、意識化できずに沈殿している認識、感情などを浮上させ、癒したり、浄化してくれるという作用と意味も見いだせる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">例、<br>悲しみや怒りなどの感情、<br>そうしたものの表現化としての他者や自然、物などを傷つける行為や言説、在り方、<br>また犯罪など</p>



<p class="wp-block-paragraph">そのため、ネガティブとされるものに対して敬意を示し、その存在を尊んだ上で、対応する在り方、世界が望ましいと個人的に感じる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">もちろん、傷つけられた人や存在は守り癒すが、その傷つけた側に対して、ネガティブな感情を助長したりしない（そうしたものを吐き出させたりはしても、そこに留まる形にはしない）。</p>



<p class="wp-block-paragraph">例、<br>各種人や自然などを傷つける行為を行った人、犯罪を犯した人を、全体性の中で、集合意識が生み出したその現象とその役割を担ってくれていると捉え、守り癒し、その行為や在り方、存在自体に敬意を払う<br>その存在（肉体、精神、魂）を脅かすようなことはしない、など</p>



<p class="wp-block-paragraph">そして、それを生じさせている構造を全体性の中から捉え、その現象を変えていく。</p>



<p class="wp-block-paragraph">しかしそれは、そのネガティブな現象を無くすという意識ではなく、その現象の本質をよりポジティブな形で輝かせるという意識で行ったり、その存在そのものを否定するという形ではなく、高めるという意識で行ったりすることを、個人としては望ましく感じる。</p>
</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>既婚者のバイセクシャルとの不倫</title>
		<link>https://www.enp.of-u.com/yusk-0005.html</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[縁ぱすスタッフ 功大（KODAI）]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 19 Feb 2020 01:17:57 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[スピリチュアルな学び]]></category>
		<category><![CDATA[LGBTQ]]></category>
		<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[スピリチュアル]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://stsprb.enpasu.com/?p=2852</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://www.enp.of-u.com/wp-content/uploads/yusk-0005-300x212.jpg" alt="既婚者のバイセクシャルとの不倫" /></p><p>今回は実話の「既婚者のバイセクシャルとの不倫の実話」について、ちょっとお話をしてみたいと思います。実話と言うものの自分のお話ではなく知り合いの話ですがその事実を交えた考察をします。 バイセクシャルで不倫（不貞行為）はどう [&#8230;]</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://www.enp.of-u.com/wp-content/uploads/yusk-0005-300x212.jpg" alt="既婚者のバイセクシャルとの不倫" /></p><p>
<p class="wp-block-paragraph">今回は実話の「既婚者のバイセクシャルとの不倫の実話」について、ちょっとお話をしてみたいと思います。<br>実話と言うものの自分のお話ではなく知り合いの話ですがその事実を交えた考察をします。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><span id="toc1">バイセクシャルで不倫（不貞行為）はどうなるのか？</span></h3>



<p class="wp-block-paragraph">ちょっと最近友達で知らずに付き合ってた彼氏が実は既婚者だった！という相談を受けまして、<br>バイセクシャルで不倫（不貞行為）はどうなるのか？をちょっと調べてみました。<br>以下、引用をさせていただきます。<br></p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow"><p>パートナーが同性愛者で、自分以外の相手と情と通じたとなれば、心情としてはそれは異性と浮気をしたのと何もかわりませんし、<br>不貞行為と認定されて然るべきと思う人は多いとおもうのですが、<br>実は同性愛は現行の法律では不貞行為として認定されることはありません。<br>不貞行為とはあくまで異性と性行為を結んだ場合に認定されるものであって、同性愛はこの範疇外なのです。</p></blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">出展：同性愛の場合は不貞行為になる？ | 浮気調査ナビ！アナタの悩みをらくらく解決！<br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><span id="toc2">しかしながら、、、</span></h3>



<p class="wp-block-paragraph">続きがありました…<br>以下、引用をさせていただきます。<br></p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow"><p>しかし、同性と浮気をしているパートナーと離婚する方法がないのかというと、<br>そういうわけではありません、離婚請求が認められる事由には、不貞行為以外にも、<br>婚姻を継続し難い重大な事由 による離婚請求が可能ですので、<br>パートナーの同性愛を婚姻を継続し難い重大な事由 として離婚請求をすることが可能でしょう。</p></blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">出展：同性愛の場合は不貞行為になる？ | 浮気調査ナビ！アナタの悩みをらくらく解決！<br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><span id="toc3">既婚者のバイセクシャルかも？のチェックポイント</span></h3>



<p class="wp-block-paragraph">なかなか、既婚者のバイセクシャルですか？と聞けないと思います。<br>ここで、数名に聞いた既婚者バイセクシャルだった会話を書いておきます。参考にどうぞ<br>・実家で住んでいるから家に呼べないんだ<br>・基本土日は仕事で忙しくて会えないんだ、平日夜なら大丈夫だよ<br>・この写真の子かわいいだろ？甥っ子（姪っ子）なんだ<br>・実は離婚歴があってたまに前の奥さんや子供に会わなきゃいけないんだ。<br>などなど…。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><span id="toc4">最後に…</span></h3>



<p class="wp-block-paragraph">友達は出会った時にその事を知っていたら最初から付き合わないしと泣いていました。<br>やはり知らずに付き合っていた期間が長かった分発覚したときは相当つらかったそうです。<br>そんな友達は既婚者のバイセクシャルの方とは別れました。<br>でも、バーとかでは挨拶を交わし一緒に飲んだりするまでの関係には戻ったそうです。<br>いろいろ考えることもありますが、ちょっと怪しいなと思ったら既婚者か疑ってみたりしてもよいかもですね。</p>
</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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